賭け
わたしが気絶していたのは本当に一瞬だったのだろう・・・
「ぎゃーーーーー!!!」
ユニゾンで響く私とロジャー両方の悲鳴で私は意識を取り戻した。
焼け火箸。その表現はいまだにわたしの出身地、ジャポニカでは使われている。ただ、誰もそのようなものを見たことがない。遠い昔の原始的な暖房装置は、円柱状の陶器の中央に固形化石燃料を置き、それに火を灯したものだったらしい。その燃料を並べる為に使われた軟鉄製の箸が加熱されると赤く色を変える。
私たちが使う宇宙船のエンジンには超高温に耐えられるガンマシウムが使われている。これに対して昔の人が使っていた鉄、いわゆるFeはどれくらいの温度で「焼けた」状態になったのだろうか・・・どちらにせよ人の皮膚に押し当てたらやけどをするどころか、肉がただれて溶け出すに十分な高温だったに違いない。
ザザ蟲の侵入はまさに体内を「焼け火箸で掻きまわされる」様な、異常な感触だった。確かに、痛みは先ほど体に掛けられた怪しい薬によって大分軽減されているのだろう。でも十分に、いやこれまで経験したことないほど痛かったし、それ以上に体の奥深くまでを、自分の存在のコアまでをグイグイかき乱される感覚はあまりに生々しく、激烈だった。体中を、本当に犯されている、掻きまわされている・・・激痛と侵犯される違物感のカクテルはひどく性的な危うさをはらみ、私の正気を犯していった・・・
全神経が断末魔の悲鳴を上げていた、身体が炎のように燃え盛り、ガクガクと震えた。
ぞくぞく、じんじん・・・・そして、カッカと・・・・狂いそうだった!わたしは、ロジャーの上にまたがったまま、四つんばいのような姿勢になり、両手の爪を彼の肩の、肩章の肉厚の生地に食い込ませ、
「うはぁああああっ! い・・・ひやあああああああ!!!!」
わたしの声は、あらゆる悲鳴よりもすざまじいものの、ひどく甘いこびたようなトーンを帯びていた。それは、まるで何時間もいやらしく責められ続けた上に一回たりとも絶頂に達せられずにじらされてるニンフォマニアのもののように聞こえた。
瀕死の恋人を助けることも出来ずに、妖薬と妖蟲にくるわされ、異形の快楽に翻弄されている姿を、その彼の目の前にさらしているのだ・・いや、かれの強張りに馬乗りになって・・・狂わされている・・・ 狂ってしまっている!
恥ずかしかった・・・悔しかった・・・つらかった・・・・・・でも、何よりも、堪らなかった・・・あまりに、狂おしくて・・・あまりに切なくて、熱くて、全身が・・・溶けてしまいそうで・・・・!
「く・・・・うはぁあああっ! くそおおお!!! もう! あはあん!! や・・・・やめなさいよぉぉぉぉぉ!!」
反逆の声も、弱弱しく、べそをかいているかのように情けなかった・・・
やつら、きっと笑っているに違いない・・・、陵辱されて、狂わされて、ズタボロになって、私が、死んでいくのを見れることに、狂喜しているにちがいない!
「ヒトミ、そこからでたいだろう??」
やつの声が、響いてくる・・・
「ひ・・・いいい!?」
やつの方を向く。
(なにをたくらんでいるの?)
もう、言葉にする余裕は無かった・・・
「あれを見ろ」
グイと髪の毛を掴まれ、顔を右の方にむけられる・・・頭皮が引かれる痛感さえもがわたしの官能を揺さぶり、わたしは一際大きく甘い声を上げてしまう・・・
「あの斜めの柱を登っていくと格納庫にたどり着ける。そこまで逃げればお前の船も置いてあるからな、逃げることが出来るさ。」
確かに、顔を向けられた方向には太い、蔓のような、いや、まるで化け物の腸のような不定形でいやらしい滑りに囲まれた柱が床から斜めに生え、壁の上部にある開口部まで続いていた。
「な・・・なにを・・・・ ああああああああ!! たくら・・・・あっ! あああああ!!」
蟲の浸食で、何も、ちゃんと言うことが出来ない。
「企んでるかって? この世でもっとも淫らなショーを我らのSpacegirlが演じてもらうのを見たいだけさ。もし、逃げおおせたら、ロジャーもお前に返してやろう。早くADDに戻って手当てをしてもらえばよくなるかも知れまい。信じなくともよい。あの上まで逃げても、われわれがそこで待っているだけかもしれないからな。でも、ダメでもやってみる価値があるとは思わないか??」
き、汚い!そうやって、わたしがもがき苦しむのをみたいだけなのだ! でも・・・ああああ・・・ここにいるわけにはいかない。なにか・・・なにかしなくては・・・気が・・・・狂いそう!
(ロジャーすぐ、助けに来るからね!)
わたしの下で、激痛に体を激しく波打たせてるかつての恋人の瞳をわたしは必死で見つめる。と、ロジャーがわたしの方を見返してくる・・・・さっきまで振りたてた顔を何とかこちらに向け、唇をうごかしている・・・
(にげろ・・・ヒトミ・・・かまわないで・・・ぼくには・・・・)
涙がこみ上げてくる・・・わたしは小さく首を横に振る・・・
(いい・・・いけ・・・・)
そういうと、彼は自分の礼装の右の肩口に視線をやる。そこには、大きめな肩章が付いていた。
(バイオモニター!)
肩章のなかに隠された機器はロジャーのバイオシグナルに反応する。これさえもっていけば彼がどこで、どういう状態でいるかが常にわかる・・・・わたしは、右手をずらして肩章の中から、親指の先ぐらいの大きさのデバイスをぬきとり、モニターについているチェーンを指に絡み付ける。
(ロジャー、あきらめてないのね!絶対助けに来る!)
痛烈な官能と倒錯的な痛みでぼやけた精神に,ぼんやりではあったが新たな力が湧いてくるのを感じた。わたしは、実際には相当緩慢な動きだったかもしれないが、意識の上では、すばやく身を翻し、ロジャーの上から滑り降りた・・・
「くッ・・・くああああああああああ!!!!」
現実にわたしを向かいうったのはしかし、この、絶望的な状況がわたしの性感に与える矢のような刺激だった。ロジャーのペニスが体から抜ける刺激は、わたしを再び絶頂に押しやった・・・、そして、牢獄の床の上でのたうつ私の体に反応して、蟲たちが激しく、うごめき、わたしの絶頂は終わりのないループを描いて、すべての抵抗の意思を奪おうとする・・・
(ひぃいい! いひゃあああ! ま・・・・まけないのぉぉぉおおおおおっ!!)
蟲たちが・・・!ロジャーのこわばりが抜けた股間めがけて押し寄せてくる!
「ヒッ! ハグゥァアアアッ!!・・・ク・・・フアアアアアアアッ!!!」
体を弾ませるように反り返らせ、情けない叫びを上げながらも、床でのたうちながらも、わたしはなんとか柱のふもとにたどり着いた。
「ううう・・・・・・・ く・・・あ・・・あああ! ああああああ!!!!!」
しかし、ふらふらだった。そしてわたしの皮膚感覚は、そして神経は高ぶりきり、体を前に動かすだけで激しい官能の嵐に全身を犯された。 そして、体を動かすことによってわたしの組織の中に入り込んだザザ蟲たちを刺激することとなり、やつらが体中の神経という神経をかき鳴らす感触に、
「キャァアアアアアアアッ!!!」
いちいち、血を吐くような叫びを上げさせられた・・・
(あああ・・・つらい・・・こんなの・・・無理・・・!)
ついつい、弱気になってしまう。というより、どう考えたって、こんな状態で、この柱を登るなんて・・・無理だ! わたしは脱力し、床に突っ伏す。蟲たちが勝ち誇ったようにわたしの体の中で動き回り、わたしは片手をまっすぐ伸ばしたまま床に付いた格好で硬直したままプルプル震えてしまう。うなだれた目の先にはわたしの左の手に巻きつけられたロジャーのバイオモニターが目に入る。
(ロジャー)
そうだ・・・わたし、自分の為だけに逃げようとしているのではない。傷付いた同僚を救うために・・・ロジャーをたすける為に・・・脳裏に苦しみのたうつロジャーの姿が浮かぶ、わたしは、必死で、体に力をいれ、のたうつ大蛇のように床から伸びる柱に向かい、時に四つんばいで、時に匍匐前進をするような格好で近づいていった。
***
いくら、勇気や使命感に燃えていたとしても、それは少しも楽な行程にはならなかった。薬の効果で、ほとんどむき出しにされ、強烈なスパイスを塗りこめられたかと錯覚するぐらい敏感になった神経叢。それを根こそぎ、とげだらけの蟲の脚で掻き鳴らされるのだ。焦燥しきりながら、何とか全身に鞭打って柱にたどり着いた。ここまで来れば、後は体を柱の構造に持たせかけて這い上がるだけ、そう思ったわたしの幻想は一気に打ち砕かれた・・・。 床にたれ落ちる大蛇のような柱はやわらかくただれたように湿っており、そしてところどころ不思議な毛が生えていた。最初、硬い岩が肌に刷れる痛みを想像した。多少の擦り傷はあっても、薬によって痛感を麻痺させられているため、あまりひどいことは無いはず・・・。しかし、実際に柱にまたがったわたしを出迎えたのはぬめぬめといやらしく肌を嘗め回す巨人の舌のようなおぞましい感覚だった・・・
「ふぅっ! ひやぁあああん!!」
恥ずかしい・・・久しぶりの感情だった。任務の為、悪党と寝ることは無かったが、ストリッパーになりすまし淫らに踊ったり、娼婦の振りをして犯人を誘い出したり。かなりきわどいことは沢山やってきた。しかし、肉の柱にまたがった瞬間に発してしまった声、まるで年端も行かない娘が色に長けた熟年のパートナーから、秘部をなめ上げられた時に出すような、弱弱しく、そして甘ったるい自分の声をきいて、わたしは両の頬が真赤に燃え上がるのを感じた。そして、その熱はわたしの脳を熱し、首の動脈を伝って、全身に伝播した。
「うううう・・・ああああああああああ!!!!」
わたしは、今度は浅ましいニンフォマニアの中年女の声を上げて両腿で、肉の柱を締め上げ、体を激しくロッキングさせながら、意識を飛ばしてしまう。 そして、絶頂に達し、体を紅潮くさせた瞬間、体内の蟲どもが激しく反応し、そのぎざぎざの脚をわたし神経細胞の合間でガリガリと動き回らせる。
「うあぁああああ! うあああああああ!!! ウワああああああああ!!!!!」
わたしは、狂ったように、上体を柱に何度も何度も叩きつけ、激烈な痛みとありえない、焼ききれるような官能の雷撃をうけとめる・・・・
「く・・・はっ! うううう・・・はぅううう・・・・」
何時間かかったのか分からない。わたしは何とか3分の一ほど柱を登り遂げていた・・・しかし、周期的に、最初と同じような官能と痛感にもみくちゃにされることには変わらなかった。
(こんなの・・・こんなの・・・無理・・・)
何とか・・・何とか・・・もどりつつある意識のなかで、自分に言い訳を言い始める。・・・わたしは、まるでぼろきれのように両手両脚をだらりと下げて柱の上にかろうじて胴体を乗っけている状態だ・・・ヌルヌルとすべる柱・・・バランスを崩せば、身体がするりと回転し、落下してしまうだろう。下まではすでに4メートルはあるだろうか。
(どうして・・どうしてがんばるの・・・ 結局、あいつらの見世物になっているだけなのに・・・)
そうなのだ。がんばって柱の天辺まで行っても、逃れることなど出来ない。やつらが先回りして更に残酷で淫らな罠を仕掛けているに違いない。それに、たとえそうでなくても、この蟲達に翻弄されて、逃げ出すなんて・・・
振り返る。男たちが立っている。その後には、ロジャーが・・・
(わかったわ・・・わかったわよ!)
同僚を助けると誓った自分に半ば憎しみを覚えながらもわたしは文字通り必死で体を前に進めた。