シーン1
ほんわか・・・そのような、環境とは不釣合いの表現がぴったりの感覚。生暖かい、クリームのような物に包まれている。
ぼやけた意識が徐々に鋭さを取り戻す。見飽きた飛行艇の船内が視界に像を結ぶ。
「シークエンス、オン」
クライオスリープポッドを満たしていたオキシゼリーが足元から排出される。生まれたままの私の体を包んでいた物が失われ、ひんやりとした空気に身を震わせる。しかし、凍えるまもなく、熱いシャワーの水流が全身を包む。凍り付いていた関節が緩み、全身に生気がみなぎってくる。
狭いポッドの中で、ゆっくり体を動かし、筋肉を伸ばす。上腕をまげて力瘤を作り皮膚をゆびさきで確かめる。悪くない。3ヶ月程度のクライオ(冷凍睡眠)をすぎても、私の肌の張り、筋肉の量ともにまるで変化は無い。(さすがヒトミ!)心のなかで自分に賛辞を言い、私はシャワーを終え、身体を乾かして、薄手の船内服に着替え、コックピットに向かった。
シーン2
私は外宇宙にある監獄の星、アルカタラでの潜入捜査を無事に終え、次の任地であるウェネス星系の小惑星に向かっているところだった。知られている宇宙の端から端への移動であった為、船を高速ワープで進め、3ヶ月のあいだ冷凍睡眠に入っていたのだった。現地点から目的地までは準ワープで1週間。補充基地に立ち止まり、装備の点検を行い、そして本部への報告書の送信など、ペーパーワークにあてるに充分な時間だった。
わたしは、コックピットに座ると、通信モジュールを起動し、メッセージフォルダーを呼び出した。いっぱいあった。任務にかかるものそうだが、個人的な連絡が全体の半分以上。誰かに何かがあったのか!?一瞬心配な気持ちになったのだが、ビューを変えてそれらの表題をみて、私はほっとした。そして、同時に何かとても寂しい気持ちになるのを感じた。
「Merry Christmas!」
「Season's Greetings」
「初詣どうする?」
「お正月はおうちにいますか?」
友人や同僚達からのメッセージ。そうだ。私が「寝ている」あいだに、地球年の12月、1月が過ぎていき、新年のもっとも華やかな時期が通り過ぎたのだ。
メッセージの中には年老いた家族からのものもあった。
「ヒトミ、元気にしてますか?身体には気をつけてね」
「辛いことも多いと思うが、自分のやっていることに自信を持ってやりなさい。おじさんとおばさんはいつも見守っているから」
私にとって親代わりとも言える叔父夫妻だった。叔母は、言葉すくなだが、いつもと変わらない心の優しい表情で暖かいメッセージを送ってくれた。叔父はADDの前身でもある地球防衛機構の理事だ。私のやっていることはある程度は知っていると思う。しかし、任務の詳細については彼もしらない。しかし、われわれADDの特別諜報課の任務についていろいろうわさは聞いているのだろう。もともと私の配属にも大反対をしたのは彼だった。しかし、一旦配属が決まってからはもっとも心強い理解者になってくれていた。
自分を心底愛してくれている人たちからのメッセージに私は目頭が熱くなるのを感じた。
わたしは、深い感謝の念と感傷につつまれながらも、涙を拭い去るように機械的に画面をスクロールした。
何本かの業務連絡の後に、今度は「パーティーにて」とか、「来年は一緒にね」などというタイトルで友人達が楽しそうにはしゃぐ姿のビデオメールが貼付されていた。
アカデミーに入る前。高校時代の友人達。わたしがどのような仕事をしているか、本当のことは知ることは無く、旅行先の雪国で無邪気にはしゃいでいる。ビデオの最後に、友人の女の子3人がはじめてみる男の子達を紹介する場面が出てきた。そのうちの2人、クリスとミチコが今年、2月の末、今日から6日後には結婚することを告げた。「ヒトミもこれるかなぁ?」。その頃、わたしは今から向かおうとしている任務の最中だろう。最後には、もう一人の友人、プラティマが照れている男の子の首を掴んで画面にあらわれ、結婚はまだだが、実はパートナーの子供を宿していると告白した。
「ヒトミもそろそろ、誰か紹介してくれるんじゃなーい?!」
明るく、声をあわせ無邪気に皆が笑うシーンを最後にビデオメッセージは終了した。そしてそれが現時点でレジスターされた最後のメッセージだった。
わたしは操縦席の上で脱落していた。ビデオから流れていた陽気な音声が終わると、コックピットは無機質な機械の振動音以外一切聞こえない沈黙に包まれた。何か、すごく大きな忘れ物をしてきたような喪失感に囚われ、呆然とする自分がいた。
シーン3
いつまでも落ちこんで入られない。わたしは操作盤に向かい、艇のチェックを開始した。高速ワープは負担の多い航法だ。次のミッションに向かう前に状態を万全にしておく必要がある。
時間のかかるフルチェックシークエンスを開始し、10分ほどたった頃、新たなメッセージが到着した。アンタレスβの指令本部からだった。スクリーンに呼び出す。そこにはブラク司令官の姿があった。
「ヒトミ、お疲れ様です。今はウェネス星のほうに向かっているはずですね。ちょっといいにくいことがあります。」
なんだろう?珍しく心苦しそうな表情で話す司令官の次の言葉を私は怪訝な気持ちで待っていた。
「ウェネスの件ですが・・・あなたがワープ中に片が付いてしまいました。自然災害があったのです。小惑星、いや、恒星自体が崩壊して・・・ターゲットも磁場に巻き込まれたようです。 もう、年老いた星系であることは知られていたのですが・・・予測外でした。」
え!?それは、ありえないことではない。しかし・・・そんなこと・・・・
「ヒトミ、無駄足をさせてしまいましたね。申し訳ないです。しかし、自然の力には逆らえません。」
「これからですが、以前から申請を受けていた休暇に入ってください。1ヶ月間、帰着と同時にスタートしてください。報告はメッセージベースでいいですよ。」
私はレーダーでウェネス星系をスキャンした。ない・・・たしかにきれいに星系が無くなり、その周辺にはブラックホールに向かって高速で移動する岩石片が無数に存在していた。
「仕方ないか・・・」そういいながら、わたしは、わくわくとした気持ちになっていた。いまから向かえば友人達の結婚式に出れる。そして、その結婚式は、前から行ってみたいと思っていたラゴスリカ星でおこなわれるのだ。ラゴスリカは高級リゾートで、3週間単位の滞在しか認めず、唯一着港することの出来るシャトルも週に一回しか運航されない。次の運行は4日後だ。ここから、私のベースであるアンタレスβに戻るのに2日間。ラゴスリカ行きシャトルが発着する港まではそこから1日かかる。つまり、艇体チェックと同時に出発すれば間に合う計算だ。
「艇体チェック終了。リザルト表示シマス」
艇のコンピューターが無機質な声で告げる。
わたしは、気もそぞろに画面を覗き込む。
ステータス:イエロー
故障箇所: 1= 燃料ホールド、亀裂
可能航行性: ノン・ワープ、3時間
複雑だ。修理ステーションがあれば直ぐに直せるはず。しかし、この周辺に修理できる場所があるのだろうか? わたしはナビステーションを立ち上げ、周辺を探す。
あった。
ガリアスステーション。かなり旧式のユーティリティーステーションだ。この近くにある鉱山の星をサポートしているらしい。民間の設備だがこの程度のリペアなら半日でできるはず。ここから1時間で届く距離だ。コースをセットし、艇体チェックデータを転送し、返答を待つ。
「修理:可能
受付:可能・接岸時
所要時間:未定」
旧型通信機を使っているのだろう。簡潔な返事が文字データで送られてくる。接岸と同時に修理を受け付けてくれるなら明日の今頃には出発できるはずだ。
シーン4
「3日?そんな馬鹿な!スタンダードの燃料タンクを入れ替えればいいだけでしょ?半日で済むはずでは?無理なら部品と工具さえくれれば自分で・・・」私は耳を疑っていた。私の艇の異常は決して修復の難しいものではないはずだった。ADDの艦船に使われているのは調達のやさしいスタンダードの燃料タンクだ。交換自体も隊員が自分で出来るように容易に出来ている。
「中尉。申し訳ないのですが・・・実はそのスタンダードのタンクがここにはないのです。」
所長と名乗った男はとても申し訳無さそうにそういい訳をした。
「でも、規定でそろえて無くてはいけないのでは・・・」
男が嘘をついているとは思えなかった。しかし、私はあきらめ切れなかった。ここで時間を無駄にするわけにはいけないのだ。
「中尉。ガリアスは特殊基地です。通常の艦船の修理は目的とせず、鉱山用の大型特殊運搬船のみを相手としているのです。ですので、タンク交換ではなく、修理をしなくてはいけません」
「この周辺に他のステーションは?」
「あいにく、一番近いものでワープで一日かかります」
わたしは自分の艇の艦橋の椅子にへたり込んだ。
「中尉の船のタンクをはずすのに一時間、修復に2日半、そして再度設置と調整・検査に3時間かかります。なるべく早くやらせます。」
私は男をみた。自分より相当年上で、誠実そうな所長は真摯な目つきだ訴えていた。私が急いでるのは公務の為ではない。自分のバケーションのためだ。それに、彼のいっていることは極めてロジカルだった。
「無理を申してもうしわけありませんでした。よろしくお願いします」
わたしは、姿勢を正し、男に頭を下げた。
「とんでもない。ADDがあって初めてわれわれも安心して仕事が出来るのです。みんな張り切ってやりますので。ご心配なく。あと、もしよければ明晩の21時より歓迎の宴をもうけようとおもっていますのでいらしてください。場所などは私のコミュニケーターに連絡いただければお教えします」
男は笑顔でそう告げると艇をあとにした。
仕方がない。でも、これではラゴスリカ行きはあきらめざるを得ないだろう。誰もいなくなったコックピットで急に寂しさが雪崩のように襲い掛かっていた。
シーン5
その晩は悔しさと惨めさとにさいなまれてなかなか眠れなかった。そして、翌日には私はネガティブな感情を忘れようとするかのように艇内のジムでトレーニングにいそしんだ。限界まで身体を痛めつけ、20キロほども走ると、体から吹き出る汗と一緒に、友達と会えなくなったこと、理想のリゾートにいけなかったことの悔しさが吹き飛んでいく気がした。シャワーに入り、汗を流した。そして、身体を乾かし、タオルを裸身に巻きつけてコックピットに戻った。
ピーピーピーというおとがする。スクリーン見ると、時計が21時を指していた。
「行く・・かな・・・」
最初はパスしようと思っていたが、どうせここに閉じ込められているのだ。わたしはステーションの所長が主催する会食に向かうことに決め、青いユニホームに袖を通した。
シーン6
(うわぁあ・・・これはすごいわ。)
それが率直な感想だった。鉱山の星に近いステーションということもあるし、昨日の所長の説明からもここが特殊ということは覚悟していたが、ここまで異様とは・・・
ガリアスは連邦下の施設というよりも、ほとんど海賊のアジトのような雰囲気だった。建物自体が古いのは仕方ないだろう。しかし、そこで働くものたちもエンジニア、というよりは荒くれ者の集まりという感じだった。なんといっても異様なのは男しかいないということだった。そして、ほとんどの物がでっぷりと太っているか、異様な盛り上がりを見せる筋肉の持ち主だった。そのいでたちも、技術者というより肉体労働者という感じで、袖を意図的に引き違ったシャツを着たり、思い思いの切れを海賊よろしく頭に巻いているものたちが多かった。そしてその服はところどころ油に汚れていた。
(なんだか、凄い迫力・・・)
もっととんでも無いところに潜入したことはいくらもある。しかし、味方の陣営でこのような姿の人たちに囲まれるのは不思議な感覚だった。食堂なのだろう、真四角のテーブルに20人ほどの「エンジニア」が着席し終わると、私の隣にいる所長が立ち上がった。
「みんな、ご存知のとおり、昨日からタンクの補修にADDの飛行艇がドッキングしている。こちらにいらっしゃるコタニ中尉の船だ。極めて光栄なことなのは全員認識していると思う。今日はコタニ中尉から外宇宙の現状や、今後の連邦の拡領計画について聞かせていただけるかもしれない。皆、中尉を目いっぱいおもてなししてくれ!」
「おーっ!」
地鳴りのような歓声があがった。男達は立ち上がり、大げさにとびはねていた。
「すみません、みな下品で。根はいい奴らなんですが・・・その、年頃の女性を見るのはかなり久しぶりですので・・・」
所長は私の耳元で申し訳無さそうに言った。恐縮しているように見えたが、その視線は身体にフィットしたボディースーツ越しに見えているわたしの腰周りに張り付いていた。
シーン7
思いのほか、楽しい宴会だった。最初は男達も私が彼らから見たらまだ「小娘」だということもあって、多少見下したような態度で接してきていた。そして、所長も「保護者」のような態度をとろうとしていたのだが、私が自分に投げかけられるきわどい冗談をかわし、時として、逆襲をしかけ、そして中の誰よりも多くの酒を飲み下しても平然としていることをみると、男達の視線はじょじょに「女」を見る目から「戦友」をみるそれへと変わっていった。宴の始まったとき、わたしはやはり少し落ち込んでいた。男達の「攻撃」をかわし、酒を酌み交わすことで悲しみを塗りつぶそうとしたのも事実だった。
話しているうちに判ってきたことだが、彼らの中にはいくつかのグループがあった。まず、所長、その他の経営陣。いわゆるホワイトカラーというところだろうか。おとなしい所長と、ちょっと陰険な幹事のする副所長、はげた頭でぶくぶくと太った経理担当。この三人はどうやら、他の連中とは話をしないようで、自分達だけで話し合っていた。残り、役30人のエンジニアのうち、20名ぐらいは技術職の者達のようで、楽しそうに大声で話ながらも技術者かたぎの真面目な感じがした。そして、残りの10人は作業場で主に力仕事に携わっているものたちで、「ワークホース」と自称するものたちだった。多分、このステーションに「無頼」な雰囲気をもたらしているのは彼らなのだろう。服装の乱れも、その体格の大きさもずば抜けていた。
しかし、最終的にどのように下品な口ぶりをしていようと、いろいろな「悪行」について嘯いていようと、わたしが対決してきた本当の悪党達に比べれば皆善良で、愛すべき人たちだった。肉体労働に携わる人たち独特の朴訥さは各人から染み出していた。
味方の人間にかこまれ、敵を警戒せずに酒を飲むなど何ヶ月ぶりだろう。いつしか私はかなり酔っ払い、皆とともに大笑いし、誘われるままに踊り、ふらふらになって床に何度もしりもちをついていたりして、また笑い転げていた。いつの間にか時間が過ぎ、酒で顔を真っ赤にした所長が立ち上がり、宴の終わりを告げた。
「コタニ中尉、今日は楽しんでいただけたようでうれしいです。明日もハイピッチで修理にかかります。こんばんはここまでということで。ごゆっくり、といいたいところですが、この部屋の暖房も切れますので。どうぞ、ゆっくりお船でお休みください。」
私は所長と皆に礼を言い、自分の船までのエスコートを断って、部屋をあとにした。
シーン8
お酒に火照った身体に、廊下に流れる涼しい空気は心地よかった。お酒のカロリーのせいなのか、目が冴え、足取りは軽かった。修理ベイにたどり着き、自分の船に向かって歩いていくと、タラップのあたりに人だかりが見えた。みると、宴会に参加していた「ワークホース」の連中だった。
「あ、中尉どの!」
中の一人が愛想良くこちらを振り向いた。私も機嫌よく手を振って答えた。
「まだお仕事ですか?酔っ払ってて大丈夫??」
わたしは船に近づきながらからかうように言った。男達も私に向かって歩いてくる。
「いやいや、わしらは明日は非番でね、今日の仕事の首尾を確認してたんですじゃ」
四角く、横長につぶれたような顔をした、真ん中の男が、(イラフといったが)そういうと、手をさしだした。私は男と握手を交わしながら改めてこの男達の体の大きさ、筋肉の強さ、に感服した。
「中尉、もう、お休みですか?もう一杯行こうといってんですが、一緒にどうすか?」
人懐っこそうな笑顔でもう一人、スキンヘッドで贅肉だらけの男が言う。
「そうそう、いろいろ武勇伝聞かせてくださいよ!」
背の低い、それでいて筋肉質の身体を誇示するように露出したモヒカン刈りの男が続ける。
「どうしようかな・・・でも、暖房消されたら寒いでしょう??」
ステーションでやることなどない。飲みに行くのはやぶさかではない。
「大丈夫でさ、この隣のボイラー室なら寒くない。わしらの酒もそこにおいてあるんですよ」
「ほんとう〜?」
私は、へらへらと笑いながらも男たちに手を引かれるようにして修理ベイの反対側にある扉の方に向かう男達についていった。
シーン9
これだけの設備のボイラー室ということもあり、わたしが案内されたのはかなり大きい空間だった。メッシュ張りの床の広い通路の両脇には巨大なボイラーが何機も並び、室内は赤に近いオレンジ色の明かりに満たされていた。そして、その通路を50メートルほど進んだところに、テーブルが置かれ、その横には冷蔵庫が置かれていた。
「ここでいつも業務中に飲んでるのね、イラフ機関士!」私はふざけてとがめるように言った。
「ひぃー! 勘弁してください! こんなので逮捕されたら国にいるかぞくがぁ〜」
芝居がかったやり取りに全員爆笑した。テーブルの上にビールがビンのまま並べられ私たちは乾杯と同時に一気に中身を飲み干した。
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